山﨑達枝 災害看護と私 Disaster Nursing

絆塾・施設見学(福島医大)

2016年6月18日、 福島県立医科大学高度被ばく医療支援センター、放射線災害医療・総合支援センターへ伺い、施設見学とご講義を受け演習など沢山の学びを受けました。

photo 絆塾参加者全員集合。防護服をつけていると私がどこにいるのかわかりません。わからないところが良いのかもしれません…。
photo 防護服をつけて本番さながらの救命処置(模擬訓練の様子)

受講された堀 拓さんから、その時の学びなどを詳しく報告されていますので、ご紹介いたします。

医療面から見た福島第一原子力発電所事故対応の教訓

1.実施日時、場所

日時

2016年6月18日 10:00~16:30

場所

福島県立医大高度被ばく医療支援センター、 放射線災害医療・総合支援センター

参加者

15名

2.講義、実習内容サマリー

(1)福島の教訓

(放射線災害医療学講座 主任教授 長谷川 有史先生)

  • ①スリーマイル、チェルノブイリとの比較
    • スリーマイル    93,000Tベクレル
      チェルノブイリ 5,200,000Tベクレル
      福島       630,000Tベクレル
    • スリーマイル、チェルノブイリは人的ミス
    • 福島事故は設計と余地困難部分に人的課題が関与
    • チェルノブイリ、福島は放射性物質の環境拡散
    • 放射線影響による死者はチェルノブイリだけ
  • ②指揮系統の混乱
    • 政府、厚生労働省、経済産業省、県、オフサイトセンターなど様々な「ヘッド」が指示。現場が混乱
  • ③インテリジェンス・ロス
    • 放射線の知識も、対応方法も知らない、発生している状況も確かめようがない状況
    • 目に見えない恐怖、状況がわからない恐怖。医療支援チームも避難...
  • ④混乱(指揮系統、インテリジェンス・ロス)から抜け出すために
    • クライシスコミュニケーション(放射線知識、状況把握)
    • 自分事化する努力、感情のコントロール
  • ⑤受け入れ患者例
    • 13人。いずれも放射性物質除去措置より「救命」に重きを置ける(骨折、挫創等)事例
  • ⑥放射性物質が(服ではなく)皮膚に付着し、高い値を示して経過観察した患者も2名。

    ⇒皮膚に付着した放射性物質は皮脂がはがれると共に除去され、約一週間日で表面汚染密度も一気に低下

  • ⑦教訓を生かすために(医療関係者、医学生)
    • 意識啓発、知識付与=自分事化する
    • 本気の演習の実施
(2)放射線基礎知識

(医療人育成・支援センター 助手 安井 清孝先生)

  • 県民の健康調査では、ほとんどの人は健康影響が証明されていないレベル(1~3mSV/年)
  • 放射線量が100mSvを超えなければがん、白血病の増加は科学では認められていない
  • 人間は通常生活をしていても食物・宇宙等から被ばくしている
    (東京-ニューヨーク0.19mSv、胸部CTスキャン6.9mSv 等)
  • 遺伝子は放射線の直接作用で傷つくことも稀にはあるが、多くは放射線が誘発する活性酸素で傷つく
  • 放射性物質の汚染密度が13,000cpm以上の汚染を有する患者は現行契約ではドクターヘリには乗せられない(なので、救急車に乗せて、延々山道を第一原子力発電所から医大病院まで搬送することになる)
  • 放射線のうちα線はせいぜい5cm程度しか飛散せず、紙で遮蔽できる。β線は1m程度飛ぶが薄い金属板で防げる。γ線やx線は150m程度飛ぶが厚い鉄板や鉛板で防げる・目の前に放射線発生源があってもサーベイメーターの値が低ければ人体への影響は極めて低い
  • GMサーベイメータで計測した係数率が高値であっても、皮膚や医療者の被ばく線量は計算すると想像以上に低値であった(服についているだけが大半、下記(3)③参照)
  • 皮膚に付着しても、皮膚が健常で正常な代謝が保たれていれば、皮脂の脱落とともに放射性物質の付着量は数日で大幅に低下する(上記(1)⑥参照)
(3)救急患者受入れシミュレーション実習

(前掲 安井先生、災害医療総合学習センター助手 宮谷 理恵先生)

  • ①患者受け入れ⇒線量測定⇒救急救命措置⇒除染⇒一般病棟
    ※救命措置のほうが優先される。福島事故では今日まで、命にかかわる放射線被ばく、放射性物質の付着を来したケースはない
  • ②通常の救命救急処置と違う点は以下6点
    • 全員が防護服着用
    • 措置する区画は養生がされている
    • 措置区画に入れた医療器具、備品類は区画内で廃棄措置(東電が処理)
    • 区画内の措置者は区画を出る所で防護服を脱ぎ、中身(笑)だけ区画外に出る
    • 生理学調査関係品(心電図モニターや経皮的酸素飽和度モニターほか)は区画境界で受け渡し、区画内のものは区画外に出さない
  • ③汚染傷病者のうち、多くのケースは衣服に放射性物質が付着しているだけ。脱衣させれば放射性物質の量は下がる
  • ④傷口等に放射性物質が付着している場合は水で洗い流す。この「使用済みの水」も東電が処理する
  • ⑤優秀な実績を持つ救急医でも、これまで経験していない事態に遭遇すると,事態対応段階で判断ミスを冒す可能性がある、またはフリーズする。
    初心者のミスに類似:バックフィーバーとも言われている。「どんなにベテランでも、初めての出来事に遭遇するとまるで初心者のように取り乱す」(だから本気の訓練や頭の中でのシミュレーションが重要)
  • ⑥医療関係者が放射線に曝されただけの患者から二次被曝する可能性は低い。
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3.感想

災害時に最も危険なことは、発生したリスク・危機そのものよりも、リスク・危機を適切に評価できないことではないだろうか。

そのために過大に捉えたり恐れたりする「人間」がひき起こすパニック=無秩序な行動が引き起こされるならばそれは社会にとって害なのではないだろうか。

東日本大震災の時は、放射線の知識を持つ人も、放出された放射性物質の量に関する情報も少なかった。

このため目に見えない恐怖が「噂」を呼び、チェーンメールやフェイスブック等で瞬く間に根拠のない情報が住民に拡散した(参加されていた沼崎所長も同様のご意見だった)。

このような状況下では、いくら「医者」「産業医」「専門家」が、「正しい情報」を説明しても、なかなか受け入れられることはない。

むしろ「噂」に動かされ、「山形に逃げるためのバスを手配」とか「東京以南に退避を指示」した会社が賞賛されたりしていた。

「安心」は「安全+信頼」と、よく言われるが、これが確立されていなければ、根拠のない噂の方が信憑性を増し、人々は噂によって動く場合もあることを忘れてはいけないと考えている。

こういった悲劇を繰り返さないために、今後も定期的に、事前(平常時)に繰り返し、手法を変えシチュエーションを変えて、関係者に啓発教育を行っていきたい。

訓練や教育は災害時に自律的に動ける「人」を育成する、と考えている。未経験者では災害時に予想外のトラブルに落ち着いて対応できないことが多い。

とはいえ、多くの人は自分が聞きたくない情報、自分に不利な情報には耳をふさぐ傾向がある(=地震は怖い、でも自分はついているから関係ない とか)。

従って単なる形だけの訓練、台本が明示された劇のような訓練を行っても効果は低く、受講者各々が「自分事化」できるよう、 本気の、時にハプニングも発生するような訓練を実施しなければいけないことを、今回の研修で再確認することができた。

よく「備えれば憂いなし」と言われるが、災害や事業継続はそのまま当てはまるわけではない。備えた分だけ憂いは減るが、憂いが完全になくなることはないからだ。

その点、今回見せていただいた福島県立医大放射線災害医療センターの訓練は、自分事化させ、答えを自分で考えさせる仕組みであり、この訓練を経験してきた人は本当の災害経験がなくとも、自律的に災害時に行動できるのではないかと感じている。

災害時には情報が錯綜し、正しい情報は必ずしも市民に受け入れられない。

私のような企業人であれ、今回参加された医療関係者であれ、そういった災害時に発生しがちなリスクについて、予め想定し、本気の訓練を行い、いざ災害が発生した時にはできる限りの情報を収集し、不安にならない程度の間隔で関係者が接することができるいくつかの手段で「その時に正しいと考えられる情報」を発信すること、これが被災によるダメージを最小限し、現場がベストエフォートで対応できるための行動ではないかと今回の研修に参加して感じた。

なお、今回の研修参加者は、被災地に赴いて活動される方々がほとんど全員だった。

何度も被災地をご経験されている方々の力をうまく活用し、復旧を加速させるためには、被災地の方で相応の受援力を持ち、自ら復旧の主人公となるよう「自分事化」していないと大変だなぁ、と(これは研修での感想ではありませんが)改めて感じた。

最後になりましたが、医療関係者ではない企業の人間を受け入れてくださり、貴重な講義をお聞かせいただいた長谷川先生、安井先生、先生の右腕として様々なお世話をいただきました、宮谷先生、ならびに今回の研修を企画いただいた山崎先生、山崎絆塾の事務局の皆様、大変ありがとうございました。

NEC中央事業継続対策本部 堀格

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