被災者の精神看護

災害が発生すると、身体的損傷を受ける人が数多く発生します。その中には命に関わる重症を受ける人もいます。しかし、そのような目に見える外傷と違い、軽症であれ重症であれ、より多くの人が精神的な打撃を受けていることも忘れてはいけません。特にこれら心の問題は目に見えず、なかなか気づくことができずに見過ごされてしまうことが多いのです。

過去に発生した地域社会を巻き込んだ災害や大事件における被災者・被害者への医療支援は主に身体的疾患・損傷の治療が中心でした。しかし、一瞬にして襲い掛かる恐怖から着の身着のままで逃げ延び、そしてテント・避難生活を余儀なくされた人々の恐怖や不安によるストレスは後に深い傷となって心身に影響を与え続けます。被災者の身体的損傷の治療だけでなく精神的損傷をも重視し、被災をどう乗り越えていくかという「心を癒す支援」を行っていくことが大切です。

心の傷・ストレスとトラウマ

ストレス

何かの原因により心身に不愉快・不快な思いをもたらす原因となることであり、災害時におけるストレス反応は被災という異常の事態に対する正常な反応と言えます。

トラウマ

災害発生後、恐怖や悲しみを体験した多くの人は、時間の経過とともに少しずつ癒され、その体験は過去の記憶の一つとして心の中で整理されるため心身のストレス反応は徐々に回復し、以前のような健康的な生活を営めるようになります。しかし、個人の対応能力を超え、事故回復できないような大きな打撃を受けたときには、トラウマという深い心的外傷を受け、それが時に数々の精神疾患を引き起こす原因となります。

災害時のストレス反応

  1. 急性ストレス障害(Acute Stress Disorder:ASD)

    被災に対するショックによるストレスに起因し、ASDは災害発生後およそ1ヶ月間で消失します。人間は立ち直れる強さを備えていますから、この1ヶ月間が回復への大切な期間となるのです。

  2. 外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder:PTSD)

    災害から1ヶ月以上経過しても、ストレス障害が続き、自己の精神的対応能力を超えた精神的ショックを受けた場合。

    〈PTSD主要3症状〉
    • フラッシュバッグ:再体験症状、外傷的な出来事が持続的に再体験される。
    • 回避症状:外傷的出来事や、それと関係ある刺激を持続的に回避し感覚や感情を麻痺させる。
    • 生理的・心理的な興奮・過敏状態が持続する。

被災者を取り巻くストレス

  1. 生命危機ストレス:災害の恐怖や身を守るための自己防衛反応によるストレス。PTSDの発症に繋がりやすく、時には医療的介入を必要とする。
  2. 生活環境ストレス:PTSDに陥りやすい。避難所での必要なものが手に入らない・不自由な生活・プライバシーがないなどから、精神症状を引き起こすというより全般的な健康状態が低下する。

1.と2.が重なるとPTSDへの発症率が高くなります。看護者は生活環境ストレスの予防に努めることが大切です。

被災者の心のケアを理解する基本

急性期:発災後約1週間

自ら進んで被災体験を話さず、また精神的援助を受けようとしません。

多くの被災者は避難所での集団生活が開始されます。被災者は不自由な生活に「辛いのは当たり前、我慢するしかない」と耐えています。支援者は被災者の生活上のストレス問題の発生が少なくなるよう被災者の心理的影響を理解することが大切です。

中長期:災害発生数週間後から余年

メディアから関心が薄くなり次第に忘れかけられます。地域、インフラの整備、復興が優先され個人が抱えている問題が見えにくくなる時期です。地域の復興と対象的に被災者の経済的問題、社会支援の遅れ等から、災害後の個人差がはっきりしてくる時期でもあります。

被災者は自分の生活再建と個人的な問題の解決に追われるため、地域の連帯や共感が失われてきます。被災者の忍耐が限界に達し、援助の遅れや行政への失策への不満が噴出し被災者は怒り・やり場の無い気持ち・無力感・脱力感等から喧嘩やトラブルを起こしやすくなります。復興から取り残されたり、精神的に支えを失った人はストレスの多い生活が続き、また、酒に依存しやすくなります。

地域、コミュニティーへの支援

災害後は被災者のみならず地域自体が被災・ダメージを受けています。従って被災者と被災地域・コミュニティとが一体となって災害によるダメージから回復していくことが求められます。被災地域に日常が戻り始め、被災者も生活の建て直しと勇気を得、地域に積極的に参加することで、自分への自信に繋がっていきます。災害支援を行う時、単に「被災者を助ける」ことを目的とするのではなく、被災者や地域の自発的・自助的回復への支援を行うことが重要であり、このことが最終目標です。

被災者への精神援助の基本

被災者が社会への信頼感が取り戻せるように、被災者と支援者の信頼関係を構築し安心感を確立することが大切です。

  1. 環境の安全・安心・安眠の確保(安心感の確立)

    安全の確保が出来なくては心のケアを行う事は難しいです。被災者が心身ともにリラックスできるように配慮しましょう。

  2. 傾聴と受容(共感)

     被災者の声に耳を傾けることが重要です。そのためにも「聴く技術」を学びましょう。

    • 対話は目の高さを同じく、相手を見ながら話を聞く。 
    • 話の内容が理解出来た時は、「こういうことですね」などとその内容を再度言葉として伝える。話は解りやすく、速度はゆっくり端的に、適宜、相槌や問いかけを行う。
    • 順々に話す。箇条書き(メモ)にして説明する。
  3. 相手の都合・立場を尊重し約束した時間は守る
  4. 批判や個人的な価値感・道徳的な評価は避ける。 
  5. アウトリーチ:支援者が自ら被災者の元へ出向くことはとても重要なことです。
  6. 会話が無くとも挨拶は毎日必ず行い、被災者からの言葉・態度・表情を観察します。
  7. 以下の文は被災を受けた人・その家族を傷つけやすい言葉です。このような言葉は避け、被災者の気持ちに配慮しましょう。
    • 頑張りましょう。
    • 元気をだしましょう、体によくないですよ。
    • 元気を出さないと亡くなった方が浮かばれませんよ。
    • いつまでも泣いていると亡くなった方も悲しんでいますよ。
    • 一人っ子でなくて他にも子供がいるからいいじゃないの。
    • 家族が居るだけでも幸せな方ですよ。
    • 早く忘れてやり直しましょう。
    • 助かっただけでも良かったと思いましょう。
    • 偉いですね。頑張っていますね。私だったらとても耐えられないと思う。
    • 相手は自然(天災)、いつまでも恨むことは止めましょう。
    • ◯◯さんはじっと耐えていますよ。貴方も前向きになりましょう。
    • 大きな出来事(犯罪や強盗が未遂)にならなくてよかったですね。
    • 思ったより元気そうで笑顔が見られるようになって安心しました。
    • いやな出来事の後にはよいことが待っていますよ。

日本の文化的背景として、「苦しい・辛い時はじっと黙って耐える」・「不平不満は言わず(泣かず)にじっと黙って耐える」ことが美徳のように言い伝えられてきた経緯があります。苦しい時・悲しい時・辛い時に元気は出ない、泣いてもよいという「原則」を理解しましょう。

支援者の育成

現在救援活動による心理的影響、救援活動に伴うストレス反応も被災者へのストレス反応のケアと同様に重要な課題に取り上げられています。援助者へのメンタルヘルス支援方法も理解し実践していきましょう。

被災者として、また救援者として心のストレスが少しでも軽減されるよう、研修を行っております。ご興味のある方、是非参加してください。

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